2025.6.10
あま音(おと)
梅雨に入りじめじめとした湿度が高い日が続いています。この時期気分がすぐれず、雨が嫌いな人も多いと思います。しかし、雨が好きで雨を待ち望んでいる人も中にはいるようです。
そんな雨の日に相応しいお話があります。
「あま音(おと)」
6月は長あめ。こんな日は頭を真っ白にして両耳へと心を傾ける。すると、聞き流しているいろいろな音が聞こえる。数人で楽しげに談笑する声、遠くから近づく電車の音、木々を揺らす風の音。
そして――あま音。
小さい頃からぼくはあま音が好きだった。理由はわからない。僕にとっては生まれつきあま音が好みだったのかもしれない。
晴れた日にはわずかに落胆を感じ、あめの日には心が高揚する。きっと僕は、あめに恋をしているのだと思う。まるで恋人への想いのように。
そんな他愛ないことを、十六歳の六月の朝にぼんやり考えていた。朝食をかきこみ、鞄を手にする。そしていつも通りに僕は家を出た。
空を見上げる。梅雨だというのに、青空が広がり雨雲の姿は見えない。最近の異常気象に少し腹がたった。使われることのない折りたたみ傘を鞄にいれ、落ち込んだ気分で鞄を叩いた。
今日は晴れでも、明日はあめかもしれない。人が生きるためには太陽の日差しも必要なのだ。
「よし、行こう」
自分自身にそう言い聞かせて、僕は汗ばむ熱気の道に足を踏み出した。

朝の駅ホームは、登校する学生や通勤するサラリーマンなどでごったがえしている。こんな田舎の駅でも平日の朝となれば、ある程度の人ごみはできる。
僕はいつもの定位置である階段の下に佇み、電車を待つ。電車が到着するまでのわずかな時間、暇つぶしをかねて眼を閉じて、耳をすませた。朝からテンションが高い女子高生の会話が耳障りだったが、無理矢理に脳内から遮断する。
線路のフェンスを越えたところで、水を撒いている音が聞こえた。あま音とは違ったけど、寂しい気持ちが少し癒えた気がした。
やがて電車が到着した。雑多な人々の足音の中、電車内へと乗り込んでいく。僕は開いている席を探すことなく、降車口の扉の前に立つ。これはいつもの定位置。
僕の足がそこに落ち着くと同時に、横手から声がかかった。
「残念だね」
朝の挨拶「おはよう」じゃなかった。声の主は、僕とは違う高校の、ブレザーの制服を着た女の子。丸顔で大きな眼をした、肩より少し下まで伸ばした黒髪がよく似合う子だった。

「うん」
僕はそれに頷いた。それだけで僕と彼女の意思疎通はできた。つまり僕達は今日が晴れであることを悔しがっているのだ。
女の子の名前も年齢も、知らない。ただ通学の電車の中では毎日、会話を交わしていた。きっかけは一週間前、朝の電車の中。
――その日は、嬉しいことにあめだった。僕は、窓の外の流れる景色と降りしきるあめを、じっと見つめていた。普通なら電車に乗るとき邪魔な傘の重みさえも、心地良く思えてくる。
そのとき。
「――好きなの?」
突然に、そう問いかけてきたのが、その黒髪の女の子だった。
「――何が?」
僕が不思議に思いそう問い返すと、女の子は、「あめのこと。外を見て、嬉しそうに微笑んでるから」僕は思わず手で自分の口を押えた。
「――ほんとうに?」

「うん。ほんとう」
女の子はうなずき、悪戯っ子のように笑った。可愛い笑顔だった。その日の会話は、それで終わり、本当に短い数秒ほどの会話。
普通なら、それっきりになりそうな出会いだった。だけど、次の日も、僕と女の子はどちらからともなく声をかけ、話をしていた。本当にごく自然に、気づけば彼女と話していたのだ。
話しているうちに、彼女も僕と同じであめが好きなんだとわかった。それで、笑顔で雨を見ている僕の姿を見て、自分の仲間だと思って声をかけたようだ。
そんな知らない学校の、見ず知らずの僕に声をかけるなんて変わった女の子だった。でも、不思議と嫌ではなかった。そして、今日まで毎日のように会話を交わすのも楽しかった。年齢も名前も知らない女の子なのに。
僕は彼女のことをあまねと呼ぶことにした。
「梅雨なのに、この天気は反則」
その声には、僕は一瞬で現実に引き戻された。あまねの方を見ると、ガラスドアを照らす陽の光に眼を細めながら、唇を尖らせていた。
僕は苦笑する。
「仕方ないよ。晴れた日がたまにないと、困る人もいるさ」
「そうだけどね。でも、やっぱりつまんないよ」
あまねは扉に背を預けて、小さく溜息を吐いた。
気持ちはわかるけれど、天気ばかりはひとの力ではどうしようもない。いつだって、自然の前では人間なんて無力だから。
「きっと明日はあめだよ」
それでも僕は、自分が、そしてあまねが望んでいることを口にした。あまねが頷く。

「そうだね。じゃないと、私ひからびちゃうよ」
「ひからびるなんてカタツムリみたいだね」
「私がかたつむりなら、じゃあ、君は蛙ね」
「じゃあって――おかしくない?」
「そうかも」
あまねはまた「あはは」と楽しそうに笑った。僕もつられて笑った。電車が僕のおりる駅に到着する。あまねが少し残念そうな表情を見せる。
「あ、ついちゃったね。じゃあ、また明日」
「うん、また」
僕とあまねは当然のように「また」と声をかけ合う。それがなんとなく嬉しかった。僕がホームへ片足を下ろしたところで、背後からあまねの声がかかった。
「あ、忘れてたよ。ちょっと遅れたけど――おはよ!」
本当に遅い、おかしな朝の挨拶。僕はそれが可笑しくて、「おはよっ」思いのほか元気良くそう返していた。
あまねが乗った電車が出発した後、今日が晴れだと気づいた。そうわかって、今まで感じていた陰鬱な気分が、不思議なほどやわらいでいた。

それから一ヶ月ほどが過ぎ、あまねとの朝の交流も変わりなく続いていた。七月になると、日本も台風シーズンでとなる。台風の風雨には、僕もあまねも喜びは感じなかった。あまりに風の音が強すぎて、のんびりあめの音を楽しむこともできない。
そんな小さなこだわりにまで、あまねとの会話は至っていたのだ。それでも、お互いの名前も年齢も聞かなかった。それはまるで暗黙の了解のように。別に聞くのが躊躇われたわけじゃなかった。ただ、知らなくても僕とあまねの繋がりには、何の問題もなかったのだ。
――そう、あの日までは。
「今日は、一番、気持ちの良い降り方だね」
あめが窓を叩く音を楽しみながら、僕は隣のあまねに言った。いつも通りの時間。
いつも通りの電車の中。
だが、彼女だけは違っていた。
「――うん、そうだね」
答えるあまねの声には、どこか覇気がなかった。心ここにあらずで、ただ窓の外をじっと見つめている。いつもの彼女らしい明るさが、今日はない。二人の繋がりの証である、大好きな雨の日なのに。
僕は心配になって、
「どうしたの? 何かあった?」
「なんで、そう思う?」
あまねがこちらに眼を向け、逆にそう問い返してきた。なぜかその眼には、真摯な光が宿っている。
僕は素直な感想を言った。
「だって、今日はいつもの君と違うじゃないか」
「人は変わるものだよ。そして、その関係も――変わるの」
「何で急にそんなこと――」
「――」

あまねは、再び、窓の外に視線を戻した。電車の揺れる音も周囲で話す人達の声も全く聞こえなかった。ただ、あめの音だけが、不思議と僕達を包んでいる気がした。
あまねが、静かに口を開き、僕にだけ聞こえる小さな声で言った。
「好きなの」
「え?」
その言葉は、彼女が僕に最初にかけたものと同じ。始まりの一言。だけど。今日のは問いかけではなく、彼女の一途な想いを込めた一言だった。僕は、あの日と同じように問い返した。
「――何が?」
「君のことが」
彼女が、それを口にした瞬間、変わるときが来た。僕も、彼女も、二人の関係も。変わるときが来たのだ。出会いは偶然だったとしても、この変化は必然。人は変わる。その胸の内の想いと共に。
だから、僕は言った。迷いはなかった。だって、それは彼女と出会ってから、気づけばずっと僕の心の中を占めていた想いだったのだから。
「僕も――だよ」
あまねは少しだけ眼を見開いた。そして、僕の答えを受け止めるように眼を閉じた後、
「――そっか」
あまねは笑った。

本当に嬉しそうに。だけど、いつもの彼女の笑顔で。あまねは、僕の方へと向き直った。
「じゃあ、教えて――」
そっと僕の手を優しく握る。
「君の名前を、ね」
「やっと聞くんだ」
「当たり前。お互いの名前も知らない恋人なんてさまにならないよ」
「そうかな?」
「そうなの。――それにもっと知りたいから。君のこと」
「――うん。僕もだ」
僕はそこで、ふと気づいた。
「あ、その前に一つだけ」
「なに?」
「最初から、そのつもりで僕に声をかけたのかなって――そう思って」
「ふふっ、それは秘密だよ」
「秘密なんだ」
「そう、秘密。だって、どっちでも、私と君の気持ちに変わりはない――そうでしょ?」
「確かに、そうだね」
僕とあまねは笑い合った。そして、僕は改めて小さく息を吸った。
「じゃあ、教えるよ。僕の名前は――」
それを告げた。僕と彼女の――新たな関係を始めるために。
その日から僕の恋する相手は、あめの音から、その少女へと変わった。彼女の存在が、僕を癒し、僕を満たしてくれる。それは、あまねの導いてくれた、どこにでもある――だけど、かけがえのない出会い。
僕はあめの音が好きだ。そして、あめの音と共に出会った、彼女がもっと好きだ。そんな少し恥ずかしくて大切な想いを、十六歳の七月の朝にはっきりと感じた。
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そんな雨の日に相応しいお話があります。
「あま音(おと)」
6月は長あめ。こんな日は頭を真っ白にして両耳へと心を傾ける。すると、聞き流しているいろいろな音が聞こえる。数人で楽しげに談笑する声、遠くから近づく電車の音、木々を揺らす風の音。
そして――あま音。
小さい頃からぼくはあま音が好きだった。理由はわからない。僕にとっては生まれつきあま音が好みだったのかもしれない。
晴れた日にはわずかに落胆を感じ、あめの日には心が高揚する。きっと僕は、あめに恋をしているのだと思う。まるで恋人への想いのように。
そんな他愛ないことを、十六歳の六月の朝にぼんやり考えていた。朝食をかきこみ、鞄を手にする。そしていつも通りに僕は家を出た。
空を見上げる。梅雨だというのに、青空が広がり雨雲の姿は見えない。最近の異常気象に少し腹がたった。使われることのない折りたたみ傘を鞄にいれ、落ち込んだ気分で鞄を叩いた。
今日は晴れでも、明日はあめかもしれない。人が生きるためには太陽の日差しも必要なのだ。
「よし、行こう」
自分自身にそう言い聞かせて、僕は汗ばむ熱気の道に足を踏み出した。

朝の駅ホームは、登校する学生や通勤するサラリーマンなどでごったがえしている。こんな田舎の駅でも平日の朝となれば、ある程度の人ごみはできる。
僕はいつもの定位置である階段の下に佇み、電車を待つ。電車が到着するまでのわずかな時間、暇つぶしをかねて眼を閉じて、耳をすませた。朝からテンションが高い女子高生の会話が耳障りだったが、無理矢理に脳内から遮断する。
線路のフェンスを越えたところで、水を撒いている音が聞こえた。あま音とは違ったけど、寂しい気持ちが少し癒えた気がした。
やがて電車が到着した。雑多な人々の足音の中、電車内へと乗り込んでいく。僕は開いている席を探すことなく、降車口の扉の前に立つ。これはいつもの定位置。
僕の足がそこに落ち着くと同時に、横手から声がかかった。
「残念だね」
朝の挨拶「おはよう」じゃなかった。声の主は、僕とは違う高校の、ブレザーの制服を着た女の子。丸顔で大きな眼をした、肩より少し下まで伸ばした黒髪がよく似合う子だった。

「うん」
僕はそれに頷いた。それだけで僕と彼女の意思疎通はできた。つまり僕達は今日が晴れであることを悔しがっているのだ。
女の子の名前も年齢も、知らない。ただ通学の電車の中では毎日、会話を交わしていた。きっかけは一週間前、朝の電車の中。
――その日は、嬉しいことにあめだった。僕は、窓の外の流れる景色と降りしきるあめを、じっと見つめていた。普通なら電車に乗るとき邪魔な傘の重みさえも、心地良く思えてくる。
そのとき。
「――好きなの?」
突然に、そう問いかけてきたのが、その黒髪の女の子だった。
「――何が?」
僕が不思議に思いそう問い返すと、女の子は、「あめのこと。外を見て、嬉しそうに微笑んでるから」僕は思わず手で自分の口を押えた。
「――ほんとうに?」

「うん。ほんとう」
女の子はうなずき、悪戯っ子のように笑った。可愛い笑顔だった。その日の会話は、それで終わり、本当に短い数秒ほどの会話。
普通なら、それっきりになりそうな出会いだった。だけど、次の日も、僕と女の子はどちらからともなく声をかけ、話をしていた。本当にごく自然に、気づけば彼女と話していたのだ。
話しているうちに、彼女も僕と同じであめが好きなんだとわかった。それで、笑顔で雨を見ている僕の姿を見て、自分の仲間だと思って声をかけたようだ。
そんな知らない学校の、見ず知らずの僕に声をかけるなんて変わった女の子だった。でも、不思議と嫌ではなかった。そして、今日まで毎日のように会話を交わすのも楽しかった。年齢も名前も知らない女の子なのに。
僕は彼女のことをあまねと呼ぶことにした。
「梅雨なのに、この天気は反則」
その声には、僕は一瞬で現実に引き戻された。あまねの方を見ると、ガラスドアを照らす陽の光に眼を細めながら、唇を尖らせていた。
僕は苦笑する。
「仕方ないよ。晴れた日がたまにないと、困る人もいるさ」
「そうだけどね。でも、やっぱりつまんないよ」
あまねは扉に背を預けて、小さく溜息を吐いた。
気持ちはわかるけれど、天気ばかりはひとの力ではどうしようもない。いつだって、自然の前では人間なんて無力だから。
「きっと明日はあめだよ」
それでも僕は、自分が、そしてあまねが望んでいることを口にした。あまねが頷く。

「そうだね。じゃないと、私ひからびちゃうよ」
「ひからびるなんてカタツムリみたいだね」
「私がかたつむりなら、じゃあ、君は蛙ね」
「じゃあって――おかしくない?」
「そうかも」
あまねはまた「あはは」と楽しそうに笑った。僕もつられて笑った。電車が僕のおりる駅に到着する。あまねが少し残念そうな表情を見せる。
「あ、ついちゃったね。じゃあ、また明日」
「うん、また」
僕とあまねは当然のように「また」と声をかけ合う。それがなんとなく嬉しかった。僕がホームへ片足を下ろしたところで、背後からあまねの声がかかった。
「あ、忘れてたよ。ちょっと遅れたけど――おはよ!」
本当に遅い、おかしな朝の挨拶。僕はそれが可笑しくて、「おはよっ」思いのほか元気良くそう返していた。
あまねが乗った電車が出発した後、今日が晴れだと気づいた。そうわかって、今まで感じていた陰鬱な気分が、不思議なほどやわらいでいた。

それから一ヶ月ほどが過ぎ、あまねとの朝の交流も変わりなく続いていた。七月になると、日本も台風シーズンでとなる。台風の風雨には、僕もあまねも喜びは感じなかった。あまりに風の音が強すぎて、のんびりあめの音を楽しむこともできない。
そんな小さなこだわりにまで、あまねとの会話は至っていたのだ。それでも、お互いの名前も年齢も聞かなかった。それはまるで暗黙の了解のように。別に聞くのが躊躇われたわけじゃなかった。ただ、知らなくても僕とあまねの繋がりには、何の問題もなかったのだ。
――そう、あの日までは。
「今日は、一番、気持ちの良い降り方だね」
あめが窓を叩く音を楽しみながら、僕は隣のあまねに言った。いつも通りの時間。
いつも通りの電車の中。
だが、彼女だけは違っていた。
「――うん、そうだね」
答えるあまねの声には、どこか覇気がなかった。心ここにあらずで、ただ窓の外をじっと見つめている。いつもの彼女らしい明るさが、今日はない。二人の繋がりの証である、大好きな雨の日なのに。
僕は心配になって、
「どうしたの? 何かあった?」
「なんで、そう思う?」
あまねがこちらに眼を向け、逆にそう問い返してきた。なぜかその眼には、真摯な光が宿っている。
僕は素直な感想を言った。
「だって、今日はいつもの君と違うじゃないか」
「人は変わるものだよ。そして、その関係も――変わるの」
「何で急にそんなこと――」
「――」

あまねは、再び、窓の外に視線を戻した。電車の揺れる音も周囲で話す人達の声も全く聞こえなかった。ただ、あめの音だけが、不思議と僕達を包んでいる気がした。
あまねが、静かに口を開き、僕にだけ聞こえる小さな声で言った。
「好きなの」
「え?」
その言葉は、彼女が僕に最初にかけたものと同じ。始まりの一言。だけど。今日のは問いかけではなく、彼女の一途な想いを込めた一言だった。僕は、あの日と同じように問い返した。
「――何が?」
「君のことが」
彼女が、それを口にした瞬間、変わるときが来た。僕も、彼女も、二人の関係も。変わるときが来たのだ。出会いは偶然だったとしても、この変化は必然。人は変わる。その胸の内の想いと共に。
だから、僕は言った。迷いはなかった。だって、それは彼女と出会ってから、気づけばずっと僕の心の中を占めていた想いだったのだから。
「僕も――だよ」
あまねは少しだけ眼を見開いた。そして、僕の答えを受け止めるように眼を閉じた後、
「――そっか」
あまねは笑った。

本当に嬉しそうに。だけど、いつもの彼女の笑顔で。あまねは、僕の方へと向き直った。
「じゃあ、教えて――」
そっと僕の手を優しく握る。
「君の名前を、ね」
「やっと聞くんだ」
「当たり前。お互いの名前も知らない恋人なんてさまにならないよ」
「そうかな?」
「そうなの。――それにもっと知りたいから。君のこと」
「――うん。僕もだ」
僕はそこで、ふと気づいた。
「あ、その前に一つだけ」
「なに?」
「最初から、そのつもりで僕に声をかけたのかなって――そう思って」
「ふふっ、それは秘密だよ」
「秘密なんだ」
「そう、秘密。だって、どっちでも、私と君の気持ちに変わりはない――そうでしょ?」
「確かに、そうだね」
僕とあまねは笑い合った。そして、僕は改めて小さく息を吸った。
「じゃあ、教えるよ。僕の名前は――」
それを告げた。僕と彼女の――新たな関係を始めるために。
その日から僕の恋する相手は、あめの音から、その少女へと変わった。彼女の存在が、僕を癒し、僕を満たしてくれる。それは、あまねの導いてくれた、どこにでもある――だけど、かけがえのない出会い。
僕はあめの音が好きだ。そして、あめの音と共に出会った、彼女がもっと好きだ。そんな少し恥ずかしくて大切な想いを、十六歳の七月の朝にはっきりと感じた。