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知られざる戦後ドイツ人の悲劇

来月8月15日は日本の終戦の日です。ドイツの第二次世界大戦終戦日は1945年5月8日(調印は前日5月7日)で、ヨーロッパでは5月8日が戦闘終結の日とされています。

世界を巻き飲んだ戦争は第一次世界大戦と第二次世界大戦の二つがありました。

第一次世界大戦の国別死者数で一番多かったのがドイツ、177万人。第二次世界大戦は689万人と3番目に死者が多かった。比べて日本は第一次世界大戦300人、第二次世界大戦310万人と5番目に多い。確かに日本は第二次世界大戦中、また戦後も大変な悲劇に見舞われました。

しかし二度の世界大戦で敗戦したドイツは日本の比ではない悲劇に見舞われました。


ドイツ人追放


知られざる戦後ドイツ人の悲劇 ~加害と被害が交錯する歴史の深層~


------ 第二次世界大戦といえば、一般的にドイツは加害者として描かれることが多いのですが、実は被害者としての一面も持ち合わせていたことを知りました。



12世紀以降、多くのドイツ人がチェコやポーランドなどの周辺国に、キリスト教信仰とともに移住していきました。しかし、第二次世界大戦後、これらのドイツ人たちは周辺国から強制的に本国へ追放されることになります。その過程で、多くのドイツ人が拷問や殺害など、非人道的な扱いを受けたという事実がありました。

特に悲劇的なのは、何世代にもわたってその土地で暮らしてきたドイツ系住民の運命でした。彼らの多くは、生まれ育った故郷から強制的に追放されることを知り、中には家を明け渡す直前に自ら命を絶つという選択をした人々もいたといいます。慣れ親しんだ土地や家を離れることを余儀なくされた人々の深い絶望を、この事実は物語っています。

その他の具体的な例を挙げると:

- ユダヤ人が元ナチスの収容所でドイツ人を拘束し、拷問を行った

- ドイツ人に、ユダヤ人の遺体が埋められた場所を掘らせ、その現実と向き合わせた

- ドイツ人同士に暴力行為を強要した

- 強制送還時に使用された貨物列車内で、劣悪な環境により多くの命が失われた



特筆すべき事例として、ポーランドからドイツに向かう避難民を乗せた客船がソ連軍に撃沈され、9000人以上が犠牲になるという、歴史上最悪級の海難事故も起きています。しかし、これらの事実は長らく世界史の中で十分に注目されてきませんでした。

ここで強調しておきたいのは、このようなドイツ人の被害者性を指摘することは、決してナチス・ドイツの行為を正当化するものではないということです。ナチス・ドイツが行った非人道的な行為は、いかなる理由があろうとも決して許されるものではありません。しかし同時に、加害者性のみに着目してバイアスをかけていては、歴史の本質を見失ってしまうことにもなりかねません。



このような歴史から考えさせられることは、戦争における「加害」と「被害」の複雑な関係性です。被害者が加害者となり、加害者が被害者となる。そのような復讐の連鎖の中では、本来あるべき「自由の相互承認」という理念は失われてしまいます。

人類が平和な未来を築くためには、お互いの自由を尊重し、侵害しないという原則が不可欠です。しかし、過去の出来事や人間の複雑な感情を考えると、その実現への道のりはまだ遠いように感じます。できることとできないことを見極め、合意可能な部分から相互理解を深めていく必要があるでしょう。この歴史的事実は、人類がまだ多くの課題を抱えていることを示唆しています。
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