2025.12.16
経営危機からの復活
“無礼”は感染し、組織を壊す。V字回復のリーダーが貫いた覚悟と信念
BizHint 編集部
2025年4月3日(木)掲載
うまくいっていたはずの経営が、いつの間にか歯車が狂い、気が付けば営業赤字に…。介護事業を運営する株式会社アライブメディケアがまさに直面した危機です。安田雄太社長は、当時の組織の様子を「“無礼”が蔓延していた」と振り返ります。2018年から現場改革に乗り出した安田さんは、数々の反発に遭いながらも、1000時間に及ぶ社員との対話を重ね、信頼関係を構築。人を大切にする「ウェルビーイング経営」に転換した結果、2024年には過去最高益を見込むまでV字回復を遂げました。“無礼”との闘いに勝利した改革の軌跡、そこで得た経営の神髄について伺いました。

成功企業が3期連続赤字に転落した理由
――安田さんは、アライブメディケアに新卒で入社し、2021年社長に就任されています。まさに「現場たたき上げ」のキャリアですが、就任当時は経営危機の真っただ中だったそうですね。
安田 雄太さん(以下、安田): はい。当社が介護事業へ参入したのは1999年です。当初は社会からも認められ、売上も右肩上がり、一時の成功を収めました。しかし、私が現場から本社に異動した2014年には深刻な経営状態に陥っていたのです。
2014年から各施設の稼働率が徐々に低下し始め、2017年頃にはそれが顕著に。2017年から19年にかけて3期連続で営業赤字を記録。その後も2022年まで実質的には赤字が続き、親会社によるテナントの賃料減免でかろうじて表面的な黒字を維持している状態でした。
――なぜ経営危機に陥ってしまったのでしょうか?
安田:組織の慢心と、それを放置した経営陣が要因 です。
現場では、困難に挑戦する意識が失われ、楽な方向へと思考が働いていました。営業担当が介護の必要な方を連れてくると、「この人はアライブの入居者じゃない」と現場が受け入れを拒否する。また、表向きは「お客様のために」と言いながら、実際には適切とは言えないケアが横行していたのです…。真摯にお客様と向き合う人材も一部いましたが、モラルが低下した風潮の中で埋もれていきました。
しかし、会社が成功を収めていたという体験から「自分たちはすごい」と慢心し、新興の競合施設に技術も品質も追い抜かれていることに気づかない。まさに茹でガエルの状態でした。
そして、このような状況を作り出し、放置した経営陣に、最大の責任があったと考えています。
当時の経営陣には、介護事業の運営や現場の世界観を知っている人がいなかったんです。だからこそ、口を出せなかった部分もありますし、現場の状況を見ようともしていなかった。
業界全体の品質が向上していく中で当然、当社も変わっていかないといけない。しかし人というのはもともと、成長する・学ぶことにものすごくストレスを感じる集団です。何もしなければ「今のままでいい」「変わりたくない」という気持ちが働きます。過去の成功体験があれば猶更のこと。
当時の経営陣はこの大きな問題に向き合うことをせず放置し、解決を先送りしました。その結果、現場と経営のギャップが生まれ、組織の慢心を生み出してしまった。お客様のケアよりも自分の都合を優先する風土が定着してしまっただけではなく、現場の成長の機会をも奪ってしまったのです。
私は現場の最前線にいる頃から、この状況に対して大きな違和感がありました。そして、2014年本社へ異動になったことで確信したことがあります。それこそが、当社を危機に陥れたものの正体だと。
――その「正体」とは…?
安田:社員への謝罪 です。「会社が危機的な経営状況になってしまったのは、現場のせいではなく、会社が招いてしまった結果である。本当に申し訳ない」と、全事業所を謝罪して回りました。そして同時に、「会社の再建のため、これから一緒に戦ってくれないか」と呼びかけました。
一人ひとりと個別に話したり、全体に向けて話す場も設けたり。コロナ禍でもリモートで対話を重ねました。合計で1000時間以上は社員と話したと思います。

――社員の皆さんの反応はいかがでしたか?
安田: 最初は「どうせ今だけですよね?」「本社の言うことなんて信じません」といった冷めた反応でしたね。とはいえ、信じてもらうためには、本気で思っているというメッセージを伝えつづけるしかない。 自らが行動で示さない限り、人は変わらないし、期待してくれない。 だからこそ時間をかけて取り組みました。
同時期に、現場責任者の大半を入れ替えました。当社の目指したい介護に対する方向性が一致しない人のほか、中にはパワハラなどで問題のある者や、不正を行っている者など…。彼らは、「私たちを辞めさせたら現場は崩壊しますよ」と、口を揃えて言いました。それでも組織の未来のために…と、断行しました。
――そんな安田さんの数々の行動に、反発もあったのでは?
安田: そうですね。謝罪でホームを回れば回るほど人が辞めていき、500人規模の会社で年間160人が離職していきました。
現場責任者の入れ替えについても、社員から「お客様はどうするんですか」「責任取れるんですか」と言われましたし、お客様からの批判も相次ぎました。
以前の経営陣だったら、ここで何も言えなかったかもしれません。しかし、私は現場の現状を知っています。反発や批判があれば、彼らが納得できる「現場目線」での説明を心がけました。お客様にも私自ら説明し、時間をかけて理解していただけるよう尽力しました。
――現場が変わり始めたのはいつ頃でしたか?
安田: 2年ほどでしょうか。現場が納得するポイントを探し、それを実践する。そうすることで「この人は厳しいけれど真っ当なことをしようとしている」と共感が芽生えていきます。次第に、現場の意識が変わっていきました。一方で、慢心から抜け出せない、自分を変えられない社員は会社を去っていったのです。
みんな、組織に蔓延していた「無礼」に苦しんでいたんだと思います。 こちらの「覚悟」と「本気」が伝わったことで、そこから抜け出す契機になった。 結果として、水槽の水を入れ替えるように、組織の新陳代謝が起きたのです。そういった評判を聞きつけ、他社から転職してきてくれる人も増え始めました。

現在は、都内・神奈川に11の介護施設を運営している
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BizHint 編集部
2025年4月3日(木)掲載
うまくいっていたはずの経営が、いつの間にか歯車が狂い、気が付けば営業赤字に…。介護事業を運営する株式会社アライブメディケアがまさに直面した危機です。安田雄太社長は、当時の組織の様子を「“無礼”が蔓延していた」と振り返ります。2018年から現場改革に乗り出した安田さんは、数々の反発に遭いながらも、1000時間に及ぶ社員との対話を重ね、信頼関係を構築。人を大切にする「ウェルビーイング経営」に転換した結果、2024年には過去最高益を見込むまでV字回復を遂げました。“無礼”との闘いに勝利した改革の軌跡、そこで得た経営の神髄について伺いました。

成功企業が3期連続赤字に転落した理由
――安田さんは、アライブメディケアに新卒で入社し、2021年社長に就任されています。まさに「現場たたき上げ」のキャリアですが、就任当時は経営危機の真っただ中だったそうですね。
安田 雄太さん(以下、安田): はい。当社が介護事業へ参入したのは1999年です。当初は社会からも認められ、売上も右肩上がり、一時の成功を収めました。しかし、私が現場から本社に異動した2014年には深刻な経営状態に陥っていたのです。
2014年から各施設の稼働率が徐々に低下し始め、2017年頃にはそれが顕著に。2017年から19年にかけて3期連続で営業赤字を記録。その後も2022年まで実質的には赤字が続き、親会社によるテナントの賃料減免でかろうじて表面的な黒字を維持している状態でした。
――なぜ経営危機に陥ってしまったのでしょうか?
安田:組織の慢心と、それを放置した経営陣が要因 です。
現場では、困難に挑戦する意識が失われ、楽な方向へと思考が働いていました。営業担当が介護の必要な方を連れてくると、「この人はアライブの入居者じゃない」と現場が受け入れを拒否する。また、表向きは「お客様のために」と言いながら、実際には適切とは言えないケアが横行していたのです…。真摯にお客様と向き合う人材も一部いましたが、モラルが低下した風潮の中で埋もれていきました。
しかし、会社が成功を収めていたという体験から「自分たちはすごい」と慢心し、新興の競合施設に技術も品質も追い抜かれていることに気づかない。まさに茹でガエルの状態でした。
そして、このような状況を作り出し、放置した経営陣に、最大の責任があったと考えています。
当時の経営陣には、介護事業の運営や現場の世界観を知っている人がいなかったんです。だからこそ、口を出せなかった部分もありますし、現場の状況を見ようともしていなかった。
業界全体の品質が向上していく中で当然、当社も変わっていかないといけない。しかし人というのはもともと、成長する・学ぶことにものすごくストレスを感じる集団です。何もしなければ「今のままでいい」「変わりたくない」という気持ちが働きます。過去の成功体験があれば猶更のこと。
当時の経営陣はこの大きな問題に向き合うことをせず放置し、解決を先送りしました。その結果、現場と経営のギャップが生まれ、組織の慢心を生み出してしまった。お客様のケアよりも自分の都合を優先する風土が定着してしまっただけではなく、現場の成長の機会をも奪ってしまったのです。
私は現場の最前線にいる頃から、この状況に対して大きな違和感がありました。そして、2014年本社へ異動になったことで確信したことがあります。それこそが、当社を危機に陥れたものの正体だと。
――その「正体」とは…?
安田:社員への謝罪 です。「会社が危機的な経営状況になってしまったのは、現場のせいではなく、会社が招いてしまった結果である。本当に申し訳ない」と、全事業所を謝罪して回りました。そして同時に、「会社の再建のため、これから一緒に戦ってくれないか」と呼びかけました。
一人ひとりと個別に話したり、全体に向けて話す場も設けたり。コロナ禍でもリモートで対話を重ねました。合計で1000時間以上は社員と話したと思います。

――社員の皆さんの反応はいかがでしたか?
安田: 最初は「どうせ今だけですよね?」「本社の言うことなんて信じません」といった冷めた反応でしたね。とはいえ、信じてもらうためには、本気で思っているというメッセージを伝えつづけるしかない。 自らが行動で示さない限り、人は変わらないし、期待してくれない。 だからこそ時間をかけて取り組みました。
同時期に、現場責任者の大半を入れ替えました。当社の目指したい介護に対する方向性が一致しない人のほか、中にはパワハラなどで問題のある者や、不正を行っている者など…。彼らは、「私たちを辞めさせたら現場は崩壊しますよ」と、口を揃えて言いました。それでも組織の未来のために…と、断行しました。
――そんな安田さんの数々の行動に、反発もあったのでは?
安田: そうですね。謝罪でホームを回れば回るほど人が辞めていき、500人規模の会社で年間160人が離職していきました。
現場責任者の入れ替えについても、社員から「お客様はどうするんですか」「責任取れるんですか」と言われましたし、お客様からの批判も相次ぎました。
以前の経営陣だったら、ここで何も言えなかったかもしれません。しかし、私は現場の現状を知っています。反発や批判があれば、彼らが納得できる「現場目線」での説明を心がけました。お客様にも私自ら説明し、時間をかけて理解していただけるよう尽力しました。
――現場が変わり始めたのはいつ頃でしたか?
安田: 2年ほどでしょうか。現場が納得するポイントを探し、それを実践する。そうすることで「この人は厳しいけれど真っ当なことをしようとしている」と共感が芽生えていきます。次第に、現場の意識が変わっていきました。一方で、慢心から抜け出せない、自分を変えられない社員は会社を去っていったのです。
みんな、組織に蔓延していた「無礼」に苦しんでいたんだと思います。 こちらの「覚悟」と「本気」が伝わったことで、そこから抜け出す契機になった。 結果として、水槽の水を入れ替えるように、組織の新陳代謝が起きたのです。そういった評判を聞きつけ、他社から転職してきてくれる人も増え始めました。

現在は、都内・神奈川に11の介護施設を運営している

