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すずさん生誕100年この世界の片隅に



「この世界の片隅に」は2007年1月コミック誌に漫画が連載された後、2011年8月テレビドラマ化。2016年11月劇場アニメーション映画が引き続き公開された。主人公「浦野すず」は1925年広島市江波で生まれ育つ。今年はすずさん生誕100年です。嫁ぎ先「北条家」のロケ地や、周辺辰川地区は聖地として多くのフアンが今も訪れています。

北條家の家がある辰川地区(旧上長ノ木町)


この世界の片隅に 聖地巡礼 ロケ地ガイド

広島県呉市が物語の舞台である映画「この世界の片隅に」のロケ地を紹介します。聖地に行ってみたいと思っている人も多い事でしょう。映画だけでまだ原作を未読の方は先に原作を読まれる事をお勧めします。

聖地巡礼では恐らく一番人気になるであろう北條家がある上長之木地区は特に山奥という訳ではないですがトイレもコンビニも駐車場も何もありません。つまり観光地ではない一般の住宅地です。


ドラマ「この世界の片隅に」


2019年12月19日天皇皇后両陛下と愛子さまは、30分追加された「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」試写会に出席された。この映画は、戦時中の広島県呉市を舞台にした「この世界の片隅に」をベースに、新たな映像を加えて制作された作品です。

両陛下と愛子さまは、主人公のすずの声を演じた女優ののんさんらとともに鑑賞されました。


天皇ご一家 映画試写会へ

その後ご一家は、のんさんや監督と懇談され、天皇陛下は「時代を感じることができ圧倒されました」と語り、愛子さまは「感動しました」と話されたということです。


全米大都市の65館で封切り

「この世界の片隅に」は大都市を中心に、英語字幕版と英語吹き替え版合わせて全米65館からスタートを切る。今後、各都市に拡大する予定だ。公開館数は、「君の名は。」の311館と比べると少ないが、批評は軒並み高評価で、ロサンゼルス・タイムズ紙は「映画の世界感や細部の描写に引きつけられる」と記し、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)は「映画の持つ柔らかさや品が、悲惨な状況をより引き立てている」と称賛している。

さまざまな批評家のレビューをオンライン上に一堂に集めたRotten Tomatoesでは、97%が好意的で、同じ第二次世界大戦を描いた、現在ヒット中のクリストファー・ノーランの新作「ダンケルク」の93%を凌いでいる(8月14日時点)。

では、一般のアメリカ人観客たちの反応はどうだろう。公開初日に劇場を訪れた30代の女性は「生活のディテールが素晴らしかった。一方で、詳しく説明されないことも多く、すずの性格のように、作品自体もぼんやりして不思議だった」という反応。40代女性は「あまり物語に強みはなかったけれど、手描きの画が見事」と、はっきりしたものを好むアメリカ人には特殊な作品に映ったようだが、作品のビジュアル面は日本と共通して評価が高い。




また、太平洋戦争時を描いた作品ということで、戦争に関する意見も聞こえた。20代女性は「結局あれが真実なんだと思う。ごく普通の人たちは誰が敵なのかなんてほとんど関係ないはず」と、映画で描かれる人々の戦争に対する姿勢への共感を寄せた。そして40代男性は「特にここ2週間くらいの世界情勢を見ても、とてもタイムリーな作品。今の政治や経済に対するメッセージのよう。戦時中の生活や戦争の後に何が起こるのかを学ぶために、学校で子どもたちにぜひ見せて欲しい」と、世の中の現状と重ねた意見もあった。

あらすじ
冬の記憶
昭和9年(1934年)1月、広島市江波で少女時代を過ごした浦野すずは、想像力が豊かで絵を描くのが上手く、自分が体験した出来事を、虚実の入り交じった漫画のような作り話にしてしまう才能の持ち主。小学生のすずは海苔を届けるお使いで中島本町に行く途中、「ばけもん」にさらわれる。すずは、ばけもんの背中の籠の中で見知らぬ少年・周作と出会う。すずは機転をきかせ、ばけもんを眠らせて周作と逃げ出す。それは夢とも現実ともつかない出来事だった。



大潮の頃
昭和10年(1935年)8月、すず一家は、草津の祖母の家を訪ねる。すずが昼寝から目を覚ますと、天井裏から降りてきた見知らぬ少女がすずたちが食べ終わった後のすいかの皮を手に取っていた。すずは新しいすいかを持ってくるが、少女の姿は消えていた。兄の要一は座敷童子を見たのではないかと言う。

波のうさぎ
昭和13年(1938年)2月、すずは同じ組の乱暴者・水原哲に鉛筆を取り上げられ床下に落とされてしまう。放課後、海難事故で兄を亡くし、荒れた家に帰りたくないという理由で課題の絵を描かず海辺に座り込んでいた哲を見つけたすずは、彼に代わって絵を描いてやる。

この世界の片隅に



旧澤原家住宅三ツ蔵

北條家の家がある辰川地区(旧上長ノ木町)から海を見下ろす。
美術館通りから国立病院機構呉医療センターへの階段。すずが晴美を連れて呉海軍病院に入院するお義父さんのお見舞いに行くシーンで登場する。

美術館通りから国立病院機構呉医療センターへの階段。すずが晴美を連れて呉海軍病院に入院するお義父さんのお見舞いに行くシーンで登場する。
太平洋戦争中の1943年(昭和18年)12月、18歳の浦野すずが草津の祖母の家で海苔すきの手伝いをしていると、突然縁談の知らせがくる。急ぎ帰宅したすずが覗き見たのは、呉から来た北條周作という青年だった。翌年2月、呉の北條家でささやかな結婚式が挙げられ、すずの新しい生活がはじまる。すずは周作とどこかで会った気がするが思い出せない。傍目には不器用で、いつもぼんやりしていて危なっかしく見えるすずは、北條家で失敗を繰り広げては、小姑の黒村径子に小言を言われる毎日を過ごすが、径子の娘である姪の黒村晴美には懐かれる。戦時下で物資が不足し、配給も乏しくなる一方、すずは持ち前のユーモアと生活の知恵で、食料に乏しい日々を乗り切り、次第に北條家やその近所の人々に受け入れられていく。

ある日、すずは闇市からの帰り道、迷い込んだ遊郭地で遊女の白木リンと知り合い友達のような間柄になる。すずは、栄養不足が原因でなかなか子供ができないことが判明し悩むが、リンの「この世界に居場所はそうそう無うなりゃせん」という言葉に救われる。だが、すずは幾つかの断片的な状況から彼女が周作の元恋人であったことに勘づき、複雑な思いを抱えることになる。そんなすずの元に、ある日かつて互いに憎からず想う相手だった幼馴染・水原哲が訪れる。水原との再会によって、すずは自分の心が既に周作に向いていることを改めて自覚すると共に、余計な気を回して水原と自分を引き合わせようとした周作に対して疑念を深める。すずは遊郭までリンに会いに行くが会えず、討ち入りと勘違いされて追い返されそうになるものの、対応してくれた病床の遊女テルを得意の絵で励ます。後日、すずは桜の花見で再会したリンから、テルはあの直後に亡くなったと聞かされる。リンはすずに、秘密を他人に知られることなく独り占めにして死ぬのも一種の贅沢だ、という旨の死生観を語る。



やがて日本の戦況が劣勢になり、軍港の街である呉は1945年(昭和20年)3月19日を境に、頻繁に空襲を受けるようになる。それでも戦時下の日常を明るく過ごそうとするすずだったが、同年6月22日の空襲で、通常爆弾に混ぜて投下されていた時限爆弾(地雷弾[6])の爆発によって目の前で晴美を亡くし、自らも右手を失ってしまう。意識が戻ったすずは、晴美を守れなかったことを径子に責められる。同年7月1日の空襲では呉市街地が焼け野原となり、郊外にある北條家にも焼夷弾が落下する。見舞いにきた妹のすみは、江波のお祭りが行われる8月6日に広島の実家に帰ってくるように誘う。すずはすみと軽口を叩き合いながらも、人の死が日常となったこの世界に順応しつつある自分こそが歪んでいるのだという思いを抱き、世界が左手で描いた漫画のように歪んでいると独白する[注釈 1]。周作との間柄もリンに対する嫉妬でぎくしゃくしており、北條家での居場所を失いつつあったすずは、機銃掃射から守ってくれた周作に、広島に帰ると訴える。8月6日の朝、病院の予約があるという理由で帰郷を遅らせたすずは、径子と和解して翻意し、北條家に残ることを決意する。結果としてすずは、その日に広島市へと投下された原子爆弾による被爆を免れるが、爆心地から約20キロメートル離れた北條家でも閃光と衝撃波が響き、故郷の広島方面から立ち上る巨大な雲を目撃する。

8月15日、ラジオで終戦の詔勅を聞いたすずは、一億玉砕の覚悟とは何だったのかと激昂して家を飛び出す。裏山の畑からふもとに太極旗がひるがえるのを見たすずは、それまで正義の戦争と信じていたものの正体が、ただの暴力に過ぎなかったことに思い至り、「何も知らないまま死にたかった」と独白し泣き崩れる。

フランスでも好評


11月、すずは周作の案内で呉の市街地に出かけ、かつてリンのいた遊郭が空襲によって跡形もなく破壊されているのを目の当たりにし、秘密ではなくなってしまった夫とリンとの関係とその過去に想像を巡らせる。12月、すずは呉の軍港で、軍艦が好きだった晴美が死の直前に覗き見ようとした先に、水原の乗艦であった軍艦(重巡洋艦青葉)が大破着底しているのと、その傍に佇む水原を見かけるが、話しかけることなく去り、自分がこの世界でもう会えない人たちの記憶の器として在り続けるという決意をする。

翌年1月、すずはようやく広島市内に入り、草津にある祖母の家に身を寄せていたすみと再会。すずの両親は既に亡くなっており、すみには原爆症の症状が出ていたが、すずは治らなければおかしいと彼女を励ました。

焼け野原となった広島市内で、すずは周作にこの世界の片隅で自分を見つけてくれたことへの感謝を述べる。そこへ戦災孤児の少女が現れ、すずに縋って離れなくなった。二人は少女を連れて呉の北條家に戻る。空襲に怯える必要がなくなった呉の夜には街の灯りが戻っていた。
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