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万博の最新技術



万博の最新技術が“当たり前”になる日 「へんな使い方」に普及の鍵

鈴木 良介
こゆるぎ総合研究所 コンサルタント・代表取締役

大阪・関西万博で最新テクノロジーとして展示されているものも、いつかはすっかり当たり前になり、「そういえば夢洲でみたな!」と思い起こす日が来るのかもしれない。振り返ると、鉄を使った建築物やショーウインドーなどもかつての博覧会では最新技術として紹介されていたのだ。時代の先鋭的なテクノロジーの新しい用途開発や社会受容を実現する“へんな使い方”を、万博で探してみたい。



1893年のシカゴ万博では、1台の自動車がうやうやしく陳列されていた。1904年のセントルイス博の目玉は、一堂に会した160台もの自動車だ。26年のフィラデルフィア博では、自動車の展示はない。代わりに、これまでの博覧会会場には見られなかった施設が整備された。約7万台を収容可能な大規模駐車場だ。貴重な「出し物」だった自動車は、半世紀足らずですっかり一般化し、来場者の足となっていたのだ(i)。

これに照らすと、今回の万博でうやうやしく陳列されていた「空飛ぶクルマ」や自動運転のバス、視覚に障害がある人をナビゲーションしてくれるスーツケース型のロボット、そういった物の中には「シカゴ博の自動車」のように当たり前になっていくものもあるのだろう。

1台の展示自動車が160台となり、やがて約7万台収容の駐車場へと量的な変化を遂げた。このような量的な変化だけでなく、過去の博覧会では質的な変化を表す例もしばしば見られた。質的な変化というのは、時代の先鋭的なテクノロジーの、新しい用途開発や社会受容を実現することだ。いくつか筆者のお気に入りを紹介したい。

パリのエッフェル塔は当初、石で造る提案もあった(ii)。東京タワーよりも高い高さ366mの石造りの塔だ。しかし結局は「19世紀を象徴する“鉄”を用いた塔は、新時代のイメージにふさわしい」と、石ではなく7350tの鉄を用いる案が採用され、1889年のパリ万博の象徴として建設された。

なお、その名のもととなったエッフェルさんこと、ギュスタヴ・エッフェル氏は、建築家ではない。橋梁づくりを専門とする技師で、鉄というテクノロジーに親しんでいた。そんなエッフェル氏が、鉄という新しいテクノロジーの新しい価値・用途の一つとして塔に仕立てた。

1851年のロンドン万博を彩ったクリスタルパレスは、鉄と並び当時の先鋭的なテクノロジーだった“ガラス”を用いて造られた。歴史上初の、ふんだんにガラスを用いた明るい温室風の展示施設だ。これももともとは重苦しいレンガ造りにする提案もあった。

クリスタルパレスを提案・実現したのはジョセフ・パクストン氏。彼は建設用ガラスの専門家ではなく、庭師・造園家だ(ⅲ)。「デジタル変革」風に言えば、テクノロジー企業ではなく、ユーザー企業が主導した変革だったと言えるだろう。



1851年第1回ロンドン万博の会場として建てられた「クリスタルパレス」(画像/Hein Nouwens/stock.adobe.com)

さらに、鉄とガラスックで拡大表示]を組み合わせた「用途の開発」が行われたのは、1925年のパリ現代産業装飾芸術国際博覧会だ。ここでは「ショーウインドー」が耳目を集めた。

豊田市美術館学芸員の千葉真智子氏は、こう解説している(ⅳ)。「鉄骨鉄筋コンクリート構造により、壁による支えを必要としなくなった新しい建築では、カーテンウオールが可能となり、内外の境界としての表面、被覆こそが外部に向けて建物について語るメディアになる」

それまでの石造りとは異なり、鉄は少ない部材で建物全体を支えることができる。よって、壁を重さを支える用途以外にも、別の用途に使うことができる。その別の用途こそが、品物を外からでも見られるようにする商品陳列だった、ということだ。鉄とガラスの新しい価値が開発された例だ。

通信技術はどうか。パリ市民に電話が紹介されたのは、1878年のパリ万国博覧会だった(ⅴ)。しかし、米国やドイツなどと比べ、フランス国民の電話に対する関心は低調だった。

そこで、草創期の通信事業者SGT(ⅵ)は1881年にパリで開かれた国際電気博覧会で一計を案じた。電話をコミュニケーションの道具としてではなく、遠方で行われている「実演」を楽しめるツールとして紹介したのだ。

博覧会会場に設置された電話を、オペラ座などと接続。まだラジオも存在しなかった時代に2分間の「電話による実演」が行われた。狙いは的中し大評判となる。当時のフランスの新聞には「この実験に参加しなかった人は、この博覧会を見たと自慢することはできない」といった記事まで出た。これも用途開発の一種だ。

筆者はこういった質的な変化をもたらす取り組みを「へんな使い方」と総称している。もちろん好意的な意味だ。良い技術も使われなければ意味がない。ある技術への並々ならぬ熱量を持った人が、「へんな使い方」を社会に提案する中で、その技術の活用が広がっていく。

優れた技術はその先鋭性ゆえに、「誰が必要としているのか分からない」といったことがしばしば生じる。結果、優れた技術を開発したにもかかわらず、「早すぎた」となり、それが売れなかった結果「注力が遅すぎた」といった総括がなされる。

また、どれだけ優れた技術であったとしても、顧客がそれを勝手に見つけ、勝手に用途開発してくれることは極めて少ない。よって、優れた技術が社会実装されるためには「へんな使い方」を通して、技術の潜在的な活用法を提案し、利用者にそのありがたみを示す必要がある。

筆者の感性ではその新しい価値を示す用例を見つけられなかったが、開催中の大阪・関西万博でも新しいテクノロジーの「へんな使い方」が出てきているのだろう。10年か20年後、すっかり当たり前になったテクノロジーの使い方を見たとき、「そういえば夢洲でみたな!」と思い起こす日が来るのかもしれない。

 
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