staff blog

祇園精舎の鐘

平家物語に出てくる「祇園精舎の鐘」を実際見に行った方の旅行記です。

祇園精舎の鐘

祇園精舎の鐘の声を実際に聞きに行ってみた:インド・ベトナム限界旅行記3日間をご紹介します。


海外旅行初心者がやりがちなミス大体やった:ベトナム・インド限界旅行1日目(ベトナム、インド入国編)

1日目(ベトナム、インド入国編)
2:30
羽田発(注:最安の飛行機なのでこの時間帯に離陸なのだ!)。

8:00
ベトナム・ホーチミン空港着。

9:00
トランジットでベトナムに入国したものの配車アプリで失敗し(注:待ち合わせ場所が分からなかった)タクシーに乗れなかった。そこへ絡んできた運ちゃんのタクシーに乗ってしまいぼったくられてしまう!空港からドンコイ通りに行くのに200000ドン(1000円)も請求された!乗ってる途中も変なとこ連れていかれてるなと思ったら奥さんを迎えに行っているという。途中で奥さん(だと言う女性)が乗ってきた。意味がわからないぜ!

ドンコイ通り付近

12:00
ブックストリートなるところでベトナム語の村上春樹とユークリッド原論を発見。フォー美味かった。


ブックストリート内の本屋。右の店主のおっちゃんがいかにもって感じ。


村上春樹の海辺のカフカとか1Q84とか


ブックストリートのフォー。辛いのに食べた後涼しい感じがして不思議

19:00
ベトナム発

22:50
インド・ニューデリー着。インドの入国審査では指紋を取られると聞いており、隣のタイ人のお姉さんは10本、同行者(森)はしっかり8本取られたが、なぜか俺は指紋を取られなかった。そんなことある??


ニューデリー空港

3:30

空港から出たあとでインドのUberタクシー(ぼったくられない安全なタクシー)では日本のクレカが支払いに使えない(現金払いのみ!)ことが発覚。そんなこと知らないので空港内の入国ロビーで両替をしていなかった。現金ない。指紋取られんかった!ギャハハ!wwwとか言ってる場合じゃない。


0:00
両替するために入国ロビー(入国して空港から出てくる人はいるが空港外からは入ってはならない)に逆侵入を試みたところ、入り口の警備をしていた軍人に軍隊の怒られ方をされる。すごい剣幕で怒鳴られた。入国1時間で早速その国の軍人を怒らせてしまった。ごめん

0:30
空港外のATMで現金を下ろそうとするも使えない。ATMのセキュリティが仕事だと主張する兄ちゃん(絶対に嘘、空港周りにはこういう観光客を狙った詐欺が多い)にATMの入り口を塞がれwhere are you go?と詰められる(ATMのセキュリティ担当がこんなこと聞かんだろ)。なんとか脱出。

1:00
空港に泊まることを覚悟する。最終手段で空港周りをうろついている軍人に両替するために空港に入れてくれと森(同行者)がGoogle翻訳を見せて頼む。すると空港外のいい感じの両替屋を教えてもらった。

1:10
両替成功、きちんとしたスーツとネクタイを締めているだけで両替商がめちゃくちゃ信頼できる人に見えた。

1:30
Uber再挑戦、タクシー乗車成功。乗ったタクシーの運ちゃんからアグラ(タージマハル)はなにもかも高いから何も買うな、全部デリーで買え(森訳)というアドバイスをいただく。

2:30
ホテル着、ここもクレカが使えんらしくて死、前払いで1500ルピーだけ払う、あとは翌日(注:後でわかったが、クレカが使えなかったのは俺らがチェックインした時間が遅すぎてシステムが終わっていただけで、平常時は使える)。




俺らが泊まったZOSTELというホテル。






海外旅行初心者がインドで電車に乗るの難しすぎないか??:インド・ベトナム限界旅行記2日目(ニューデリー、ラクナウ編)

2日目(ニューデリー、ラクナウ編)

8:00
起床、予約アプリで電車を取ろうとするも(インドでは電車は予約しないと乗れないのだ)、電話番号認証ができず失敗、電車に乗るハードル高すぎないか?

10:00
一旦ホテルを出て両替に向かう。ホテル前に普通に物乞いとかいる。自分の子供に物乞いをさせる母親もいる。足がない人もいた。あと久しぶりに野良犬を見た。野良犬はもう日本にはあまりいないだろうが、インドは普通にいる。それもめちゃくちゃいる。しかし野良犬よりも野良人間の方が多いからか、犬は人間に噛みついたりはしない。かといって人間が犬を世話しているふうでもない。どっちもごく自然に振る舞っているから、ただ人間と犬の生活空間が共有されているだけのように見えた。


ニューデリーの犬

インドでは道路は強い意志を持って渡ろうとしなければ渡れない。あまりの車の多さに車がスピードを出せないからそれが可能なのだが、車の間と間をぬって渡る。もしその瞬間に手違いでアクセルを踏まれたら一瞬でおせんべいになって死ぬくらい近い。しかし渡り始めたら絶対に車やリキシャーは止まってくれる。この意味でインドの道路は歩行者も車も完全に平等に使われている。



11:00
さすがに電車くらいは取りたいのでアプリは諦めて駅内で取ることを計画。あとさすがに今後の日程の計画も立てる。インドに着いてからインドでの計画が立つ限界(無計画、怠惰)旅行。

12:00
駅の外国人専用受付に出発。日本のネット記事でその入り口とされていた門で通せんぼをしていたおっちゃんに絡まれる。これはなかなかしんどかったが面白いので全部書く。

まず真ん中がはげて上の文字だけがかすかに読める証明書的なものを見せられ「自分はIRCTC(国鉄みたいなの)の職員だ、金は取らない、そこら辺の客引きとは違う、ついてこい」「実は受付が移転してしまって受付はここじゃない、向こうが受付だ」と逆方向を指差す。日本のネット記事と照らし合わせるにさすがに嘘だろうと思った(言った)がなかなか向こうは引き下がらない。「I respect you sir」「don’t you believe me?」などと(結構でかい声で)主張してきた。一回別れて行ってみたがやっぱ受付がなさそうなので戻ったら、またそのおっちゃんにでくわしてしまい、「お前らバカか!言っただろ!!向こうだ!!!」(多分)と怒鳴られる。また「俺を信用してないのか!」と言われたが私服な上にハゲた証明書見せて怒鳴り散らかすやつを信用できるわけないだろ。日本人と撮った写真まで見せられてどう考えても嘘っぽい。

するとちょうど全然別のおっちゃん2が前からやってきて、同じことを主張し始めた。受付は2ヶ月ほど前に向こうへ移転したのだ、という。その直前におっちゃん1がスマホを操作しているのをみたが、そんな短時間で仲間を呼べるとは思えない。しかしあまりに偶然にしてはできすぎている。こいつらはグルなんだか本当に移転したんだかよくわからん。最初絡んできたおっちゃん1は業を煮やしたか今現れたおっちゃん2に俺らを引き渡す。俺らはいつでも走って逃げる覚悟でおっちゃん2について行ったが明らかに外国人専用受付ではなかった。単なる旅行代理店である。さっさと逃げた。おっちゃん1、2はおそらくその旅行会社の客引きだった。

こんなクソ暑い中怒鳴ってまで俺らを騙そうとする元気は一体どこからやってくるんだ。俺らがそんなにカモに見えるだろうか。

もう何も信じられなくなったし疲れたので、多少の敗北感を感じつつShigeta travel(日本語が通じるちゃんとした旅行代理店)に向かう。

結局旅行代理店までいかないと電車にすら乗れないとは。

13:30
旅行代理店(Shigeta travel)で電車を予約した。日本語が通じる安心感。
クソ暑いにも関わらず現地の人が全員長ズボンを穿いているのは虫と汚物対策なのだと理解した。うかつに半ズボンで出たのは間違いだった。


ニューデリー駅。だいたいみんな長ズボン

14:30
その旅行代理店の上のレストランでカレーを食う。めちゃくちゃ美味かった。出されるまでに時間がかかったので、電車に間に合わせるには急いで食う必要があった。残念。
あとインドにしてはクソ高くて(1人前1000円以上)びっくりした。ちなみにこの店では釣り銭を誤魔化された。


カレー。バターチキンとチリカレー(ナスと鶏肉のカレー)

店の帰りのエレベーターで鉢合わせた現地人2人が俺らに微笑みかけて挨拶をしてくれた。その2人はエレベーターの中で歌ってた。ニューデリーにはこんないい人たちもいるのだ。

15:20
レストランからニューデリー駅まで爆走した。

15:40
乗車成功、インドの電車から見える車窓は小さい頃テレビで見ていた「世界の車窓から」そのものだった(当たり前だけど)。屋上が崩れている赤いレンガの家が密集している住宅地を通ったりボロい工場群の近くを走ったりした。



レンガの家

電車内で飯が2回も出てびっくりした。いい席というわけでもないのに至れり尽せりすぎる。


1回目の飯。おやつ的な感じだったかも


2回目の飯。これはガッツリ系

3日目(祇園精舎、祇園精舎の鐘編)

0:30
(前回の続き:我々はラクナウ駅の待合室で交代で仮眠を取りながら次の電車を待っていた!)

森が寝てる間に軍人が5人ほどやってきて、俺らの左前に座って寝てたおっちゃんを起こして連れ出した。多分そのおっちゃんはホームレスで、旅行客に紛れて寝てたのだろう。荷物を全く持っていなかった。

2:40
寝台列車乗車。寝台列車で夜を明かすのは初めてだった。チケットによれば俺の席は3段ベッドの1段目のはずだったが、1段目にはすでにインド人がいた。そのインド人が俺らに番号を尋ねて来たので答えると「お前は上だ」と上を指差した。おまえ確信犯だろ。
寝てる間に荷物をスラれないように荷物と自分の体を持って来たロープでぐるぐる巻きにして寝る。


寝台車両内


我々の席(寝台)

7:00
バルランプル着。即リキシャーの客引きに遭う。リキシャーの兄ちゃんがみんな「シュラバスティ!?」と聞いてくる。俺らの目的地はその通りシュラバスティなのだが、ここで乗ってしまうと早く着きすぎるので断った。やっぱりバルランプルに来る観光客はみんなシュラバスティ目当てで来るのかもしれない。

なおシュラバスティとは仏教の開祖ブッダが住んで教えを説いたとされている場所である。祇園精舎及びブッダが悟りを開いた菩提樹もシュラバスティにある。俺らは仏教徒ではないが、平家物語の冒頭は知っているので、祇園精舎と鐘目的でシュラバスティに向かうのである。


バルランプル駅

7:30
腹が減ったし荷物も置きたいので今夜泊まる宿(hotel Avadh)に(チェックイン半日前だが)凸る。最初渋い顔をされたが意外とすんなり部屋に入れた。朝食は無理だった。提示された値段が予約時よりも600ルピー(1200円)近く安くなっててびっくりした。


バルランプルの風景①


バルランプルの風景②


バルランプルの風景③

8:00
ホテルの部屋で昨日の車内食の余りを食いながら今日の計画を立てた。部屋で洗濯もした。窓から見える家にパキスタン国旗に似た旗があって笑った(注:インドビザを申請すればだれでもわかるのだが、インドはパキスタンと仲が悪いのだ)。


中央下にパキスタン国旗ぽい色と模様がある旗が

ちなみにこのバルランプルはネパールの国境にかなり近い。ほぼ英語が通じない。ペルシャ系の顔がほとんどおらず、アジア系の顔の人が多いように見えた

9:30
祇園精舎に向かい始める。配車アプリ(Uber)でタクシーを呼んだが来なかったので近くを通ったリキシャー(注:バイクでできた簡易タクシー、またの名はトゥクトゥク)に乗る。シュラバスティまで1人40ルピー(80円)。


10:00
シュラバスティと言われて降ろされたところがシュラバスティの入り口からかなり遠かった。カス。仕方ないので歩いてたら小さい子がやってきてお祈りと土下座みたいな仕草をされて体に触られなんかの呪文を唱えてきた。ルピーと聞こえたので物乞いだろう。観光客っぽい人を見かけたらついていってそれをやるように親から教育されているのだと思う。ここですんなりお金をあげてしまうと寄ってくる子供の数が何倍にも増えて大変なことになると思ったので、心を鬼にして無視した。最終的にこの子たちからは走って逃げてまいた。なかなか酷いことをしたような気がしなくもないがこれがインドである。


祇園精舎の入り口の道

10:30
祇園精舎着。昔の仏教僧は一生に一度ブッダが暮らしたこのシュラバスティに聖地巡礼することを願っていたそうだ。もし俺が昔の仏教僧の生まれかわりなら、今世で念願果たせたことになる。入場料300ルピー(600円)。
インド人のツアー団体や野良猿、野良リスがいて笑った。


祇園精舎①


祇園精舎②


祇園精舎③


祇園精舎④

11:00
ブッダが悟りを開いた菩提樹を時計回りで2周したが、悟りは開かれなかった。



ブッダがこの木の下で悟りを開いたという菩提樹
12:00
祇園精舎の中にいるといろんな人に喋りかけられる。大抵出身を聞かれ最後に写真撮影を求められる。ウエスギアキノリなる人(後で調べたら大学教授らしい)と家族だと主張する兄ちゃんもいた。日本人がそれだけ珍しいのだろう。その中でのちに祇園精舎案内を(勝手に)してくれたおっちゃんがいた。ヒンディー語と英語のミックスみたいな言語でいろいろ教えてくれた。そしたら最後に「いろいろ教えてあげたからお礼にチップくれ」と言われた。お前もそっち系の人間だったか。200ルピー(400円)で満足してくれた。ただ、何かを売りつけて金を取るのではなくて知識を授けてお礼をもらうというのは学問をやっている身としては健全なことだなと感じた。

13:00
ブッダが住んでいたとされる住居跡を時計回りに2周したり中に入ったりしたがここでも特に悟りは開かれなかった。住居跡では野良犬が気持ちよさそうに寝ていた。



14:00
祇園精舎の鐘を探しに出る。祇園精舎の鐘までの行き方が日本語で明確に示されている文献がネット上になかったので、曖昧な情報で手探りで探していた。
でかい道路沿いに歩いていると突然鐘が見えたので走って突入した。祇園精舎の鐘である。祇園精舎の鐘を発見した。
日本語での祇園精舎道案内でこれより詳しいものは現在存在しないと思います。



祇園精舎の鐘の入り口。祇園精舎入り口のでかい道路沿いにある。



祇園精舎の鐘


祇園精舎の鐘を鳴らす

早速鐘を鳴らしてみたが、別に特段諸行無常の響きは感じなかった。普通の鐘の音。馴染み深い良い音である。平家物語の「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」は、比喩として非常に美しく完成された文章であって、実際そうであるかどうかを問うのはナンセンスだと思う。実際もともと祇園精舎には鐘はなく、これは1981年に日本がここに送りつけたものである(以下の画像参照)。
本家から離れた国で勝手に盛り上がって変なものが作られ、それが本家の国に持ち込まれる構図はさながら日本の寿司におけるカリフォルニアロールである。



祇園精舎の鐘の経緯

祇園精舎の鐘がある場所は、この鐘の経緯や平家物語なんか多分知らないであろう現地人が鐘をゴンゴン鳴らして遊ぶ場と化していたことがそれこそ諸行無常だった。

一覧に戻る

contact

施設の事、料金について、入居のご相談などはお問合せフォーム・お電話にてお気軽にご相談下さい。

お電話でのお問い合わせ

受付時間 9:00~18:00 (土日祝定休)

フォームからのお問い合わせ

お問い合わせ