2025.12.31
令和7年締めくくり
今年も終わろうとしています。
2025年とはどのような年だったのでしょうか?
今年の話題として挙げられるのが、
1位 大阪関西万博2557万人来場

大阪・関西万博が4月13日、大阪市の人工島・ 夢洲ゆめしま で開幕した。日本と158か国・地域が参加。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、10月13日までの184日間の会期中に一般来場者数は2557万人に達した。開幕前は、建設費の増額やパビリオンの建設の遅れなど、ネガティブな面に注目が集まり、前売り券の販売は低調だった。
2位 街にクマ出没

大阪・関西万博が4月13日、大阪市の人工島・ 夢洲ゆめしま で開幕した。日本と158か国・地域が参加。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、10月13日までの184日間の会期中に一般来場者数は2557万人に達した。開幕前は、建設費の増額やパビリオンの建設の遅れなど、ネガティブな面に注目が集まり、前売り券の販売は低調だった。
3位 高市氏、女性初首相

自民党総裁選が10月4日、投開票され、高市早苗・前経済安全保障相が第29代総裁に選出された。9月に退陣を表明した石破茂首相の後継を巡る総裁選で、前回選に出馬した、林芳正、小林鷹之、茂木敏充各氏ら5人が再び立候補した。1回目の投票で過半数に達した候補はなく、決選投票で高市氏が小泉進次郎氏を制した。
4位 コメ高騰、備蓄米放出

農林水産省は2月14日、昨夏から続くコメ価格の高騰を受け、政府備蓄米21万トンを大手集荷業者を対象に放出すると発表した。だが、コメ5キロ・グラムあたりの平均価格は前年の2倍を超える高値が続いた。
5位 ドジャーズ連覇 大谷ら日本人貢献

大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希選手が所属する米大リーグ・ドジャース(ナショナル・リーグ)が11月1日、ワールドシリーズ(WS)でブルージェイズ(アメリカン・リーグ)を下し、2年連続9度目の制覇を果たした。山本投手は日本人投手で初めてシリーズ最優秀選手(MVP)に輝くなど、日本人選手の活躍が目立った。
番外 戦後80年

今年2025年は第二次世界大戦終結80年という区切りの年でした。次の10年後2035年には戦争経験を語れる人はわずかになっていると思われます。戦争の話題が上らなくなっているかも知れません。これからの10年、場合によっては日本が巻き込まれる戦争が起こっているかもしれませんが。
8000万人とも言われる犠牲者を出し、1945年8月15日、日本のポツダム宣言受諾により第二次世界大戦は終結しました。今年、戦争に対する反省と不戦の誓いがマスコミなどで多く語られます。
戦後の教育を受けた人たちは、戦争を始めた日本、ドイツなど枢軸国は悪で裁判を受け処罰されたと学びました。多くの日本人が中国、韓国、台湾、東南アジアを侵略して迷惑をかけたと考えているようです。
太平洋戦争前、アフリカ、アジア、南アメリカなど有色人種のほとんどの国は白人の植民地でした。日本が欧米に戦いを挑んだことで、これらの国は目覚め独立、解放されたという意見もあります。
日本人に対する応援の声もあります。日本人としての誇りを取り戻して下さいと、有色人種の国を中心に日本の行動を擁護する声がありますので、紹介します。
自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争は、アジアの諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか-。
■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者

「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)
■アメリカ
◎ジョージ・S・カナヘレ 政治学博士

「日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事のなかで、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えたことである。…このような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。」 (「日本軍政とインドネシア独立」)
■オランダ
◎サンティン・アムステルダム市長 現内務大臣

「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、…その誇りを取り戻すべきであります。」
(1985年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)
■タ イ
◎ククリット・プラモード 元首相

「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体だれのおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」
■マレーシア
◎ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員

「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです。」
■インドネシア
◎モハメッド・ナチール 元首相

「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
■インド
◎ラグ・クリシュナン 大統領

「インドでは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」 (昭和44年、日本経済新聞)
■スリランカ
◎l・R・ジャヤワルダナ 大統領

「往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。…当時、アジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである。」 (1951年、サンフランシスコ対日講和会議演説)
■ミャンマー
◎バー・モウ 元首相

「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかしまたその解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸国民そのものから、日本ほど誤解を受けている国はない。」 「もし日本が武断的独断と自惚れを退け、開戦当時の初一念を忘れず、大東亜宣言の精神を一貫し、商機関や鈴木大佐らの解放の真心が軍人の間にもっと広がっていたら、いかなる軍事的敗北も、アジアの半分、否、過半数の人々からの信頼と感謝とを日本から奪い去ることはできなかったであろう。日本のために惜しむのである。」(「ビルマの夜明け」)
■シンガポール
◎ゴー・チョクトン 首相

「日本軍の占領は残虐なものであった。しかし日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は粉砕され、アジア人は、自分たちも欧米人に負けないという自信を持った。日本の敗戦後15年以内に、アジアの植民地は、すべて解放された」(「諸君!」平成5年7月号)
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2025年とはどのような年だったのでしょうか?
今年の話題として挙げられるのが、
1位 大阪関西万博2557万人来場

大阪・関西万博が4月13日、大阪市の人工島・ 夢洲ゆめしま で開幕した。日本と158か国・地域が参加。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、10月13日までの184日間の会期中に一般来場者数は2557万人に達した。開幕前は、建設費の増額やパビリオンの建設の遅れなど、ネガティブな面に注目が集まり、前売り券の販売は低調だった。
2位 街にクマ出没

大阪・関西万博が4月13日、大阪市の人工島・ 夢洲ゆめしま で開幕した。日本と158か国・地域が参加。「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに、10月13日までの184日間の会期中に一般来場者数は2557万人に達した。開幕前は、建設費の増額やパビリオンの建設の遅れなど、ネガティブな面に注目が集まり、前売り券の販売は低調だった。
3位 高市氏、女性初首相

自民党総裁選が10月4日、投開票され、高市早苗・前経済安全保障相が第29代総裁に選出された。9月に退陣を表明した石破茂首相の後継を巡る総裁選で、前回選に出馬した、林芳正、小林鷹之、茂木敏充各氏ら5人が再び立候補した。1回目の投票で過半数に達した候補はなく、決選投票で高市氏が小泉進次郎氏を制した。
4位 コメ高騰、備蓄米放出

農林水産省は2月14日、昨夏から続くコメ価格の高騰を受け、政府備蓄米21万トンを大手集荷業者を対象に放出すると発表した。だが、コメ5キロ・グラムあたりの平均価格は前年の2倍を超える高値が続いた。
5位 ドジャーズ連覇 大谷ら日本人貢献

大谷翔平、山本由伸、佐々木朗希選手が所属する米大リーグ・ドジャース(ナショナル・リーグ)が11月1日、ワールドシリーズ(WS)でブルージェイズ(アメリカン・リーグ)を下し、2年連続9度目の制覇を果たした。山本投手は日本人投手で初めてシリーズ最優秀選手(MVP)に輝くなど、日本人選手の活躍が目立った。
番外 戦後80年

今年2025年は第二次世界大戦終結80年という区切りの年でした。次の10年後2035年には戦争経験を語れる人はわずかになっていると思われます。戦争の話題が上らなくなっているかも知れません。これからの10年、場合によっては日本が巻き込まれる戦争が起こっているかもしれませんが。
8000万人とも言われる犠牲者を出し、1945年8月15日、日本のポツダム宣言受諾により第二次世界大戦は終結しました。今年、戦争に対する反省と不戦の誓いがマスコミなどで多く語られます。
戦後の教育を受けた人たちは、戦争を始めた日本、ドイツなど枢軸国は悪で裁判を受け処罰されたと学びました。多くの日本人が中国、韓国、台湾、東南アジアを侵略して迷惑をかけたと考えているようです。
太平洋戦争前、アフリカ、アジア、南アメリカなど有色人種のほとんどの国は白人の植民地でした。日本が欧米に戦いを挑んだことで、これらの国は目覚め独立、解放されたという意見もあります。
日本人に対する応援の声もあります。日本人としての誇りを取り戻して下さいと、有色人種の国を中心に日本の行動を擁護する声がありますので、紹介します。
自存自衛と大東亜の解放を掲げて戦われた日本の戦争は、アジアの諸国民や各国の識者からどのように受け止められているのだろうか-。
■イギリス
◎アーノルド・J・トインビー 歴史学者

「第2次大戦において、日本人は日本のためというよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために、偉大なる歴史を残したといわねばならない。その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去200年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。」
(1956年10月28日/英紙「オブザーバーL)
■アメリカ
◎ジョージ・S・カナヘレ 政治学博士

「日本占領軍がインドネシア民族主義のために行った種々の仕事のなかで、最も重要なものの一つは、正規軍及び准軍事組織を創設して、それに訓練を与えたことである。…このような機会がなかったならば、戦後のインドネシア民族革命の経過は違ったものになっていたであろう。」 (「日本軍政とインドネシア独立」)
■オランダ
◎サンティン・アムステルダム市長 現内務大臣

「本当に悪いのは侵略して権力を振るっていた西欧人の方です。日本は敗戦したが、その東亜の解放は実現した。即ち日本軍は戦勝国の全てを東亜から追放して終わった。その結果、アジア諸民族は各々独立を達成した。日本の功績は偉大であり、血を流して闘ったあなた方こそ最高の功労者です。自分をさげすむことを止め、…その誇りを取り戻すべきであります。」
(1985年日本傷痍軍人会代表団がオランダを訪問した時行われた市長主催の親善パーティの歓迎挨拶)
■タ イ
◎ククリット・プラモード 元首相

「日本のおかげで、アジアの諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのは、一体だれのおかげであるのか。それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。さらに8月15日は、われわれの大切なお母さんが、病の床に伏した日である。われわれはこの2つの日を忘れてはならない。」
■マレーシア
◎ラジャー・ダト・ノンチック 元上院議員

「私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかも、マレーシアを占領した日本軍は、日本の植民地としないで、将来のそれぞれの国の独立と発展のために、それぞれの民族の国語を普及させ、青少年の教育をおこなってくれたのです。」
■インドネシア
◎モハメッド・ナチール 元首相

「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。大東亜戦争は、私たちアジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
■インド
◎ラグ・クリシュナン 大統領

「インドでは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。」 (昭和44年、日本経済新聞)
■スリランカ
◎l・R・ジャヤワルダナ 大統領

「往時、アジア諸民族の中で、日本のみが強力かつ自由であって、アジア諸民族は日本を守護者かつ友邦として、仰ぎ見た。…当時、アジア共栄のスローガンは、従属諸民族に強く訴えるものがあり、ビルマ、インド、インドネシアの指導者たちの中には、最愛の祖国が解放されることを希望して、日本に協力した者がいたのである。」 (1951年、サンフランシスコ対日講和会議演説)
■ミャンマー
◎バー・モウ 元首相

「歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。しかしまたその解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸国民そのものから、日本ほど誤解を受けている国はない。」 「もし日本が武断的独断と自惚れを退け、開戦当時の初一念を忘れず、大東亜宣言の精神を一貫し、商機関や鈴木大佐らの解放の真心が軍人の間にもっと広がっていたら、いかなる軍事的敗北も、アジアの半分、否、過半数の人々からの信頼と感謝とを日本から奪い去ることはできなかったであろう。日本のために惜しむのである。」(「ビルマの夜明け」)
■シンガポール
◎ゴー・チョクトン 首相

「日本軍の占領は残虐なものであった。しかし日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は粉砕され、アジア人は、自分たちも欧米人に負けないという自信を持った。日本の敗戦後15年以内に、アジアの植民地は、すべて解放された」(「諸君!」平成5年7月号)

